秦荘町(読み)はたしようちよう

日本歴史地名大系 「秦荘町」の解説

秦荘町
はたしようちよう

面積:二五・〇四平方キロ

愛知郡北東の宇曾うそ川扇状地上に位置し、北は犬上いぬかみ甲良こうら町・豊郷とよさと町、東は本堂ほんどう山・秦川はたかわ山・八尾やつお山を挟んで犬上郡多賀町、西は愛知川えちがわ町、南は湖東ことう町と接する。金剛輪こんごうりん寺境内の山林香之庄このしよう付近に群集墳がみられ、古代から栄えた。古代には蚊野かの郷・八木やぎ郷に属し、帰化人の秦氏の勢力が強かった。平安期頃からこう庄・蚊野庄・安孫子あびこ郷・八木郷などが置かれ、内部はさまざまな庄園領主に分有され、庄園領主も時期により変わっている場合もあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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