埴原村(読み)はいばらむら

日本歴史地名大系 「埴原村」の解説

埴原村
はいばらむら

[現在地名]松本市中山 埴原

松本城下町の東南、鉢伏(はちぶせ)山の山麓と中山丘陵の間に位置し、集落は北埴原・中埴原・南埴原とあり南北に長い。水田は山の西斜面に棚田が多く、特に牛伏(うしぶせ)川の上流から引水した大堰によって多くの水田が開かれた。

天正検地の際は一千三石五斗五升と高付けされる。元和三年(一六一七)松本領、後に諏訪高島藩に分領され、明暦三年(一六五七)旗本諏訪頼蔭領となった。明暦三年八月より宝暦一〇年(一七六〇)までの領知関係を記した埴原領諸事留(百瀬正武氏蔵)によれば「高千石 諏訪下総守知行埴原村」とある。

埴原神社があり、現在は伊邪那岐尊などが祀られている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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