執田光村(読み)しつたこうむら

日本歴史地名大系 「執田光村」の解説

執田光村
しつたこうむら

[現在地名]四賀村執田光

松本藩領会田(あいだ)組で、のち幕府領。初めは井刈(いかり)村の枝郷であった。東は苅谷原(かりやはら)村、西は川手(かわて)組の光(ひかる)・大足(おあし)の両村(現明科(あかしな)町)、南は田沢(たざわ)村(現南安曇(みなみあずみ)郡豊科(とよしな)町)に接する。村のほとんどが北面する緩傾斜の山地で、村内には小集落が多い。

「信府統記」に御朱印高の記載はなく、享保九年(一七二四)当時の石高は七二石九斗六升六合とあり、田方一五石一斗六升二合、畑方四四石六斗二升九合である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む