堀河天皇火葬塚(読み)ほりかわてんのうかそうづか

日本歴史地名大系 「堀河天皇火葬塚」の解説

堀河天皇火葬塚
ほりかわてんのうかそうづか

[現在地名]北区等持院東町

香隆(こうりゆう)寺跡の南方にある円墳。

堀河天皇は白河天皇の第二皇子(母は源賢子)で、応徳三年(一〇八六)八歳で即位した。笛や笙などの音楽・芸能に長じたが嘉承二年(一一〇七)七月一九日、堀河殿(跡地中京区)で二九歳で没した。同二四日、堀河院と追号し香隆寺辺りで火葬、遺骨は同寺に納められた。「帝王編年記」に「崩于堀河院、廿四日葬香隆寺坤原、安置御骨于同寺」とある。「為房卿記」「中右記」には葬送地への順路や香隆寺納骨の様子が記され、遺骨を首にかけて香隆寺に安置した権中納言国信の歌がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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