堂川(読み)どうがわ

日本歴史地名大系 「堂川」の解説

堂川
どうがわ

柳瀬口やなぜぐち用水千保口せんぼぐち用水の流末を受けて、柳瀬比売ひめ神社の後ろから北流、秋元あきもと、高岡市西部金屋にしぶかなやを経て同市石代こくだい地先で庄川へ流入する。現在は排水路的役割を果しているが、深くえぐられて蛇行するさまは非常に古い川であることを示している。流域には奈良末・平安初期の須恵器や室町時代の遺物の出土した秋元遺跡などがあり、中世鋳物師の定着した西部金屋には室町時代初めの正長元年(一四二八)一一月に密教系の「般若野庄金屋談議所」があった(高野山宝亀院蔵「疎論義」奥書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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