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鋳物師 いもじ

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

鋳物師
いもじ

「いものし」とも読む。鋳造を行う工人。鋳師,鋳造師,鋳造匠とも呼ぶ。日本では,鋳造技術が弥生時代後期からあった。奈良時代には官の職制として典鋳司 (いもじのつかさ) がおかれ,鋳造師はここに配属されて仏像,梵鐘などの製作にあたった。

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デジタル大辞泉の解説

いも‐じ【鋳物師】

《「いものし」の音変化》鋳物をつくる職人。

いもの‐し【鋳物師】

鋳物をつくる職人。いもじ。

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百科事典マイペディアの解説

鋳物師【いもじ】

鋳物職人のこと。古代では鋳工は大蔵省や諸寺院の鋳物所などに所属したが,のち広く諸国を遍歴し交易を行った。一方幕府や守護と関係を強め,東国などに移住する者もおり,給田など支給されて領主らの需要にこたえた。
→関連項目鋳掛屋遠敷鍛冶屋京釜天明釜鞴祭道々の者

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世界大百科事典 第2版の解説

いもじ【鋳物師】

鉄,銅の鋳造を職能とする職人。銅鐸・銅鏡などの鋳銅は,弥生時代以来,九州,瀬戸内海沿岸,畿内などの鋳工によって行われたが,鋳鉄は古墳時代以降のことと見られる飛鳥時代以後,造仏の盛行により鋳造技術も著しく進歩した。鋳工は畿内を中心に山陽道,大宰府等の各地に散在していたが,律令制下,大蔵省被官の典鋳司および鋳銭司,諸寺院の鋳物所などに組織された。しかし典鋳司は実質的には機能せず,728年(神亀5)内匠寮に併合される。

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大辞林 第三版の解説

いもじ【鋳物師】

いものし。 「 -ども召して造らせ給ひて/宇津保 国譲中

いものし【鋳物師】

鋳物をつくる人。いもじ。

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世界大百科事典内の鋳物師の言及

【鋳掛屋】より

…鋳掛けは鋳物技術の一手法で,なべ,釜など銅・鉄製器物の破損を同質の金属,またははんだの一種である白鑞(しろめ)を溶かして継ぎ掛けることであり,その職人を鋳掛屋または鋳掛師といった。基本的には鋳物師(いもじ)から分化した専門職人である。その専業化は,白鑞の利用がひろまってきた17世紀になってからのことである。…

【金売吉次】より

…各地の伝説では,吉次を炭焼藤太の名とも,その子の名ともされ,あるいは黄金採掘で富を築いた富豪の名とも,その召使の名ともされ,一面では致富譚として伝えられ,他面では非業の死を遂げる没落譚として伝えられる。《平治物語》に義経の郎従堀弥太郎を金商人とし,《弁慶物語》に〈金細工の吉内左衛門信定〉〈腹巻細工の四郎左衛門吉次〉なる者が登場し,《平治物語》《烏帽子折》に義経元服の地とされる鏡宿が鋳物師(いもじ)村とも称されたことなどから,炭焼・鋳物師・金細工・金商人は相互に交流があって,これらの漂泊民が義経・吉次伝説の成長・伝播などに関与したのではないかと推測されている。吉・藤の字を名に持つ一群の人々や鋳物師たちは,話を好む芸能の徒でもあったらしいことは,さまざまな例があり,また《古今著聞集》興言利口の部などにうかがえ,《義経記》で牛若丸に奥州の歴史と状況を語る吉次の雄弁も,これらのことを暗示するものとも考えられなくはない。…

【釜座】より

…中世における鋳物師(いもじ)の座。鎌倉末の1289年(正応2)ごろには,京都三条町に釜座が成立している。…

【職業神】より

…だが丁場(ちようば)と呼ばれる石切場で石材採掘をする山石屋のあいだでは山の神をまつる風習があり,11月7日に丁場にぼた餅,神酒を供えてまつり一日仕事を休む。 冶金,鋳金,鍛鉄の業,すなわち鑪師(たたらし)や鋳物師(いもじ),鍛冶屋の神としてその信仰のもっともいちじるしいのは荒神,稲荷神,金屋子神(かなやごがみ)である。荒神は竈荒神,三宝荒神の名があるように一般には竈の神,火の神として信仰され,なかには別種の荒神として地神,地主神あるいは山の神として信仰される場合もあるが,鍛冶屋など火を使う職業の徒がこれを信仰することは,火の神としてまつられる荒神の性格からきたものであり,それには修験者や陰陽師などの関与もあった。…

【炭焼き】より

… 古い専業的な炭焼きは,鉱山の精錬や鍛冶の技術に付随して発達したものであった。大分県の山村で木炭をイモジと呼んだのも鍛冶とかかわりのある鋳物師(いもじ)にもとづいた。滋賀県の比良山系周縁には,鉄滓(てつさい)の散布する多くの古代製鉄遺跡があるが,それらの付近に〈金糞(かなくそ)松ノ木〉とか,〈九僧谷(くそだに)〉(金糞谷の転訛か)と隣接して〈炭焼〉という地名が残存するのも,これと無関係ではない。…

【天明】より

…天明鋳物では湯釜,梵鐘,鰐口が名高く,現存最古の天明鋳物は元亨元年(1321)銘の梵鐘(安房日本寺)である。天明鋳物師(いもじ)が文献上明らかとなるのは15世紀に入ってからで,座的組織をもって活動していた。その行動範囲は,下野はもとより関東一帯に及び,さらに畿内にまで広がり,15世紀中ごろには和泉・河内の鍬鉄鋳物師の営業権を脅かすほどにもなっていた。…

【梵鐘】より

…上・下帯の間を縦に4区に分けるのが縦帯で,そのうち2本は竜頭の長軸に合わせる。鋳物師の間ではこれを〈六道(ろくどう)〉と呼ぶ。上帯の下にある横長の4区画を乳の間(にゆうのま∥ちのま),または乳の町という。…

【由緒書】より

…備前国岡山の《池田家履歴略記》,出雲国松江松平家の《烈士録》,豪商の《三年寄由緒》,長崎貿易に関する《糸割符(いとわつぷ)由緒書》など,事例が少なくない。【金井 円】
[職人の由緒書]
 平安時代末期から鎌倉時代にかけて,鋳物師(いもじ)(灯炉供御人(くごにん)),生魚商人(津江・粟津橋本御厨(みくりや)供御人など),地黄煎売(じおうせんうり)(地黄御薗(みその)供御人)など各種の供御人は,その特権の保証されたときの時期と天皇を訴訟などの際に強調し,その系譜の確かなことを誇っているが,これは事実であることが多い。しかし室町時代以後,この特権を保証していた天皇の実質的な力が弱化するとともに,この由来はしだいに伝説化し,不正確になり,正確な文書にも〈天照大神〉〈神武御門(みかど)〉などが登場するとともに,こうした伝説に基づく由緒書が書かれ,偽文書(ぎもんじよ)が作成されるようになってくる。…

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