塚口新田村(読み)つかぐちしんでんむら

日本歴史地名大系 「塚口新田村」の解説

塚口新田村
つかぐちしんでんむら

[現在地名]西脇市塚口町

加古川東岸に位置し、四方下比延しもひえ村に囲まれる。万治四年(一六六一)大坂北浜きたはま(現大阪市中央区)の商人塚口屋新四郎が下比延村の新田の開発を請負ったのに始まる(「塚口新田絵図」塚口町有文書)町人請負新田である。開発以来幕府領であったが、享保一五年(一七三〇)から寛保二年(一七四二)まで大坂城代土岐家領(享保一九年「土岐頼稔知行目録」土岐家文書)、旧高旧領取調帳では幕府領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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