塩川牧(読み)しおがわのまき

日本歴史地名大系 「塩川牧」の解説

塩川牧
しおがわのまき

「吾妻鏡」文治二年(一一八六)に荘園領主が源頼朝に貢税の未進を訴えた「注進 三箇国庄々事」の左馬寮領、信濃二八牧のうちに塩河牧とみえる。「延喜式」の信濃一六牧にはみえないので、平安中期以降に設けられた牧であろう。天正六―七年(一五七八―七九)にまとめられた諏訪神社造営に関する八つの記録(諏訪大社上社文書)には、依田窪地区のほとんどの村々が下社関係の造営役を負担するのに対し、塩川のみは上社関係の造営役を負担し、千曲川対岸の海野・禰津氏や望月氏らに近い性格をもっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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