塩月村(読み)しおつきむら

日本歴史地名大系 「塩月村」の解説

塩月村
しおつきむら

[現在地名]佐伯市長良ながら 汐月しおつき

柏江かしわえ村の南、堅田かたた川右岸に位置。「栂牟礼実録」には、大永七年(一五二七)大友義鑑に攻められ栂牟礼とがむれ城主佐伯惟治が憤死したのちも同城にとどまった忠臣六八名中に塩月織部の名がみえる。また天正六年(一五七八)高城・耳川合戦で戦死した佐伯家中のうちに塩月大学・同源右衛門・同弥兵衛・同刑部・同勘解由・同玄蕃・同大内蔵がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む