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大友義鑑 おおとも よしあき

美術人名辞典の解説

大友義鑑

室町後期・戦国時代の大名。豊後大友氏二十代宗家。義長の子。初名は親安・親敦。永正12年に家督相続後、豊後・肥後両国守護となり、室町幕府将軍に接近しつつ、豊後国内の朽網・大神・佐伯氏を討った。また肥後の菊池氏を圧迫、山口の大口氏と交戦し、大友家発展の基礎をつくった。天文19年(1550)歿、48才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大友義鑑 おおとも-よしあき

1502-1550 戦国時代の武将。
文亀(ぶんき)2年12月生まれ。大友義長の長男。大友宗麟(そうりん)の父。北九州の所領をめぐって大内義興(よしおき)・義隆とあらそうが,天文(てんぶん)7年和議が成立。豊後(ぶんご),筑後(ちくご),肥後3ヵ国の守護となった。末子を後継者にしようとして家臣にきられ,天文19年2月12日死去。49歳。幼名は塩法師丸。初名は親安,親敦。

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朝日日本歴史人物事典の解説

大友義鑑

没年:天文19.2.12(1550.2.28)
生年:文亀2.12(1502)
戦国時代の武将。義長と阿蘇惟乗の娘の長男。名は親安,親敦,義鑑。通称五郎。修理大夫。永正12(1515)年,家督と豊後・筑後守護職を継ぐ。相続直後から朽網親満の乱以下,相次ぐ反乱を鎮圧し地盤を固める。弟重治を菊池家に入れ,肥後を支配。のちに重治は独立を図り,大内氏と結ぶ。天文初年以来,大内義隆と九州の覇権を争って戦う。天文12(1543)年肥後守護となり,豊後,筑後,肥後の支配を確立。義隆と九州支配を二分と自負。天文19年,長男義鎮(宗麟)の廃嫡を謀ったため家臣に殺された(二階崩れの変)。<参考文献>『増補訂正/編年大友史料』14~19巻

(福川一徳)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

おおともよしあき【大友義鑑】

1502‐50(文亀2‐天文19)
戦国時代の大名。義長の子。親安,親敦,義鑑と名のる。豊後を本拠に筑後・肥後両国,豊前筑前の一部を領有。1515年(永正12)ころ家を継ぐ。初政で前代からの一族の反乱軍になやまされたが,大内義興の援などもうけてのりきり,後に義興の安芸出兵に援軍を送ったりした。また肥後へは次男菊法師丸を菊池重治(義国,義宗,義武とも)として送り込んだ。義興の子義隆が武藤(少弐)氏を討つため九州へ出兵すると武藤氏を助けて兵を出したが敗れ,筑前の所領保証を条件に和平。

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大辞林 第三版の解説

おおともよしあき【大友義鑑】

1502~1550) 戦国大名。北九州諸国を征服。海外貿易を行う。後嗣争いで、義鎮(宗麟)擁立派の家臣に殺された。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

大友義鑑
おおともよしあき

[生]文亀2(1502).12.
[没]天文19(1550).2.13. 大分
戦国大名。義右の子。初名は親安。のち親敦と改め,さらに将軍足利義晴の1字をもらい義鑑と改め,修理大夫に任じられた。次第に勢力を伸ばして豊前,豊後,筑後,肥後の4ヵ国を領有し,大宰大弐大内義隆と対立した。一方,南蛮船との交易に力を入れ,鉄砲などを購入した。嫡子塩法師丸 (義鎮) をうとんじ,側室の子塩市丸を寵愛して後嗣にしようとしたため,天文 19 (1550) 年2月,塩法師丸擁立派の家臣の反逆を招き,重傷を受けて没した (二階崩の変) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

大友義鑑
おおともよしあき
(1502―1550)

戦国時代の武将。大友氏20代の当主。初め親安、のちに親敦。大内義隆(おおうちよしたか)との攻防ののち和睦し、子の晴英を義隆の猶子(ゆうし)とした。筑後(ちくご)、肥後(ひご)にも進出し、豊後(ぶんご)、豊前(ぶぜん)とともに4か国の守護となった。1550年(天文19)末子塩市丸(しおいちまる)を後継者にしようとしたが、嫡子塩法師丸(しおほうしまる)(義鎮(よししげ))派の家臣に襲われ、塩市丸は殺され、義鑑は重傷を受けた(2日後に死去)。駆けつけてきた義鎮に救出され、置文(おきぶみ)(遺言状)を記して義鎮に家督を譲ることになった。この置文は『大友義鑑の条々』といわれ、当時の家臣団構成、周辺諸勢力との関係、領国支配などについて重要な内容が含まれており、21代義鎮(宗麟(そうりん))にとっても大きな指針となった。[芥川龍男]
『渡辺澄夫著『大分の歴史4』(1977・大分合同新聞社)』

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