塩深村(読み)しおふかむら

日本歴史地名大系 「塩深村」の解説

塩深村
しおふかむら

[現在地名]宍喰町塩深

角坂かくさか村の南西に位置し、宍喰川が流れる。地内の岸ヒタイ墓地に応永一四年(一四〇七)銘の供養碑(竹ヶ島産砂岩)が建てられている。寛永(一六二四―四四)前期のものと推定される国絵図では「塩ぶか村」、正保国絵図では「宍喰之内 塩深村」とある。寛文四年(一六六四)郷村高辻帳では宍喰浦の枝村としてみえる。天和二年(一六八二)の蔵入高村付帳では高九三石余。天明三年(一七八三)村方が疲弊して百姓のうち頭八人が出奔しているが、その理由は「諸上納物過分に引負」ったために難渋したとされ、徳島藩から海部郡下に販売していた「御売付米」代も含まれていたらしい(「相渡申一札」岡部家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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