墓料新村(読み)ぼりようしんそん

日本歴史地名大系 「墓料新村」の解説

墓料新村
ぼりようしんそん

[現在地名]会津若松市一箕町八幡いつきまちやはた 墓料

不動ふどう川左岸に位置し、東から南は滝沢たきざわ村、北は滝沢村端村の中島なかじま・北滝沢。もとは滝沢村の地内であった。文政一二年(一八二九)五月、会津郡院内いんない村にある会津藩主松平家墓地の墓田料が三〇〇石余増付となった(会津松平家譜)。藩士丹羽能教は私費を投じて荒地を開き、田二千余畝を墓田料とし、それらを南土田みなみはにた村三二戸・御墓料新田八戸院内村三五戸に耕作させたという(会津藩教育考)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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