壱岐守蔵跡(読み)いきのかみぐらあと

日本歴史地名大系 「壱岐守蔵跡」の解説

壱岐守蔵跡
いきのかみぐらあと

[現在地名]秋田市土崎港南一丁目

元文年間(一七三六―四一)の湊古絵図によれば湊蔵の南に近接して建ち、「鳥越様御蔵」とも記される。壱岐守は佐竹義隆の四子義長で江戸浅草鳥越あさくさとりごえ居邸があった。元禄一四年(一七〇一)に二万石を分知されたが(秋藩紀年)、実際には封土はなく「御蔵入物成之内引」の支給(先御代々御財用向御指繰次第覚)で、その蔵出米が収納された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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