売買村(読み)うりかりむら

日本歴史地名大系 「売買村」の解説

売買村
うりかりむら

[現在地名]帯広市西一条南(にしいちじようみなみ)・西一条南三五―三六丁目・西二条南(にしにじようみなみ)・西二条南三五―三八丁目・西三条南(にしさんじようみなみ)・西三条南三五―三八丁目・西四条南(にしよじようみなみ)・西四条南三五―三八丁目・西五条南(にしごじようみなみ)・西五条南三五―四〇丁目・西六条南(にしろくじようみなみ)・西六条南三九―四一丁目・西七条南(にしななじようみなみ)・西七条南三九―四一丁目・西八条南(にしはちじようみなみ)・西八条南三九―四一丁目・西九条南(にしきゆうじようみなみ)・西九条南三九―四一丁目・西十条南(にしじゆうじようみなみ)・西十条南三九―四一丁目・西十一条南(にしじゆういちじようみなみ)・西十一条南三九―四一丁目・西十二条南(にしじゆうにじようみなみ)三九―四一丁目・西十三条南(にしじゆうさんじようみなみ)三九―四一丁目・西十四条南(にしじゆうよじようみなみ)三九―四一丁目・西十五条南(にしじゆうごじようみなみ)三九―四一丁目・西十六条南(にしじゆうろくじようみなみ)四一丁目・大通南(おおどおりみなみ)・稲田町(いなだちよう)・川西町(かわにしちよう)・豊西町(とよにしちよう)・富士町(ふじちよう)・美栄町(びえいちよう)

明治初年(同二年八月から同六年の間)から明治三五年(一九〇二)まで存続した河西(かさい)郡の村。上帯広村の南東、北東流する売買(うりかい)川右岸にあり、東の札内(さつない)川とに挟まれた地域に広がる。


売買村
うりかりむら

明治三五年(一九〇二)から大正四年(一九一五)まで存続した河西(かさい)郡の村。明治三五年四月、河西郡売買・迫別(せまりべつ)・戸蔦(とつた)・鵺抜(ぬえぬんけ)の四村が合併して二級町村として成立。帯広町・伏古(ふしこ)村・上帯広村・幸震(さつない)村と一町四村組合を形成した。旧村名を大字名とした。同年末の戸数一九八・人口八九三(帯広市史)。同三八年一〇月釧路から帯広までの官設鉄道釧路線(現JR根室本線)が開通し、帯広町の市街化が進むと、隣接する比較的高丘地にある当村域には大豆畑が増えていった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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