夕顔瀬橋(読み)ゆうがおせばし

日本歴史地名大系 「夕顔瀬橋」の解説

夕顔瀬橋
ゆうがおせばし

かや町北西端の夕顔瀬惣門際から北上川右岸新田しんでん町を結ぶ長さ五四間の橋(「盛岡砂子」など)。現在は左岸材木ざいもく町北西端と右岸の夕顔瀬町南西端を結ぶ。初めは舟渡しで、正保城下図(内閣文庫蔵)に「夕顔瀬舟渡川口広四十八間深六尺」とある。なお寛永城下図には、久慈くじ(のちの茅町)沿いの北上川に「歩行渡り」と記され、広さ七五間・深さ四尺五寸とみえる。明暦二年(一六五六)七月一八日に夕顔瀬橋が架設されたが、これは中津なかつ川三橋の古材を用いたらしい(雑書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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