多利村(読み)たりむら

日本歴史地名大系 「多利村」の解説

多利村
たりむら

[現在地名]春日町多利、市島いちじま町多利

西を竹田たけだ川が流れ、北はおく(現市島町)。大多利村とも(丹波志)。長禄二年(一四五八)一二月一九日の足利義政御判御教書(宝鏡寺文書。以下同文書)によって宝鏡ほうきよう(現京都市上京区)に返付され守護使不入の地とされたが、これ以前の領有関係は不明。その後も、幕府による同寺への安堵が天文五年(一五三六)までみられるが、時には幕府御料所とされた(天文五年閏一〇月二五日室町幕府奉行人連署奉書・延徳元年一一月八日丹波国守護細川政元禁制・大永元年一二月六日丹波国多利村代官職請文など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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