大休庵跡(読み)たいきゆうあんあと

日本歴史地名大系 「大休庵跡」の解説

大休庵跡
たいきゆうあんあと

[現在地名]小野田市大字有帆 大休

もと曹洞宗瑞松ずいしよう(現厚狭郡楠町)の隠居所で、有帆ありほ北端にあった。本尊薬師如来

天正一四年(一五八六)瑞松庵恵厳の記した瑞松庵末寺記録(「寺社証文」所収瑞松庵文書)に「一、大休庵、本尊薬師、正長戊申守邦和尚開闢、庵辺限山之竪石有之」とあり、正長元年(一四二八)に瑞松庵四世中翁守邦によって建立されている。その後、瑞松庵の隠居所となり、元禄四年(一六九一)火災に遭って小庵となっていたのを、この地を領した宍戸宮内広貞が菩提所として再建した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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