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大坂三郷 オオサカサンゴウ

デジタル大辞泉の解説

おおさか‐さんごう〔おほさかサンガウ〕【大坂三郷】

江戸時代、大坂を南組・北組・天満組(てんまぐみ)の3区に分けたものの総称

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

大辞林 第三版の解説

おおさかさんごう【大坂三郷】

江戸時代、大坂の南組・北組・天満てんま組の三つの行政区画。大坂市中をさすこともある。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の大坂三郷の言及

【大阪[府]】より

…さらに木綿,酒造,油絞り,染物,薬種などの工業生産と商品流通が在郷町において発達した。大坂三郷はかかる摂河泉地方の中心都市であると同時に,諸国の蔵米,国産物をはじめとする全国物資の集散地,各種問屋,金融業,問屋制家内工業の集積する商工業都市であり,〈天下の台所〉であった。懐徳堂,適塾,含翠堂による学問,俳諧,浄瑠璃,小説などの上方文化も隆盛をみた。…

【大阪[市]】より

… 1583年(天正11)の豊臣(羽柴)秀吉による大坂城築城と城下町経営は,現代都市の直接の前身をなす都市建設であった。上町台地北部と微高地の砂州地形を巧みに利用し,北組,南組,天満組からなる大坂三郷の市街地が,数多くの堀川の掘削と河川改修を進めて整備された。〈出船千艘,入船千艘〉と評された大坂は,淀川琵琶湖水運と瀬戸内水運の結節点をなして,全国の流通経済の中心となった。…

【摂津国】より

…元和・寛永期(1615‐1644)には道頓堀川,京町堀川,江戸堀川,海部堀(かいふぼり)川ほかが掘られ,100余の橋で結ばれる大都市としての基礎が固まった。町は元和ごろ北組と南組に分かれ,承応(1652‐55)ごろに天満組ができて,大坂三郷と総称されるようになった。三郷の町人人口は18世紀中ごろ40万を越えた。…

※「大坂三郷」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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