大山明湊(読み)おおやまあきみなと

日本歴史地名大系 「大山明湊」の解説

大山明湊
おおやまあきみなと

[現在地名]西ノ島町美田 大山

別府べつぷ港の南にあった江戸時代の湊。史料上は大山脇おおやまわきともみえるが古くは大山明であろう。下り荷の寄港する下り澗であった。貞享五年(一六八八)の「増補隠州記」では小渡海船一・手安船八・艫戸船五〇とあるが、これは上り澗の波止はし湊などの船を含むものであろう。天明六年(一七八六)の小物成銀七七〇匁八分余で、うち巳年より廻船入津役五匁五分が増加したとあるが、これは同五年に課せられたものであろう(笠置家文書)内訳は大山明二匁五分・船越ふなこし五分・橋(波止)二匁五分。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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