大島番所跡(読み)おおしまばんしよあと

日本歴史地名大系 「大島番所跡」の解説

大島番所跡
おおしまばんしよあと

[現在地名]荒尾市大島町三丁目

正しくは大島浦上御番所という。筑後国三池みいけ早米来ぞうめき(現大牟田市)に入る長洲ながす往還終点にあり、「官職制度考」によると侍一人・足軽三人・町廻二人がいた。宝暦一四年(一七六四)の大嶋町御赦免居屋舗地引合帳によると、番所の居屋敷は三畝二四歩、「口拾五間半 入拾五間」となっている。また文化四年(一八〇七)の争論一件の絵図(永青文庫蔵)には、長洲往還の町筋沿いに、柵らしきものに囲まれて二層屋根の建物が東面して描かれている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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