大手崎村(読み)おおてさきむら

日本歴史地名大系 「大手崎村」の解説

大手崎村
おおてさきむら

[現在地名]小杉町手崎てさき

戸破へわり村の東部に同村にほぼ四周を囲まれて所在。北陸街道が通り、願海寺がんかいじ(現富山市)への道としも(現下村)への道が分岐。承応年間(一六五二―五五)に建てられた北陸街道の道標が手崎追分にある。天正一〇年(一五八二)六月神保氏張は、「手崎の町」に「たう(当)いち(市)如前々あひたて(相立)へきの事」など三ヵ条からなる制札を下しており(大江西養寺文書)、戦国期から市が立ち都市化していたことをうかがわせる。正保郷帳には大手崎村とみえ高九四一石余、田方四七町七反余・畑方一五町。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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