大昌院(読み)だいしよういん

日本歴史地名大系 「大昌院」の解説

大昌院
だいしよういん

建仁寺の塔頭で、現廃寺。「和漢禅刹次第」に「四十五世聞渓禾上諱良聡、信州人嗣一山、仏海慈済禅師塔曰普明」とある。良聡は応安五年(一三七二)没。永正九年(一五一二)一二月二六日の執行職補任状(建仁寺文書)に「珍皇寺執行職大昌院載蔵主右彼職者任相伝補任也」とあり、当院は隣接する珍皇ちんこう寺執行職を兼帯していたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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