大服郷(読み)おおはとりごう

日本歴史地名大系 「大服郷」の解説

大服郷
おおはとりごう

和名抄」高山寺本・東急本ともに訓を欠く。「日本地理志料」は大服部の略とし、訓を「於保波登里」とする。機織に携わる服部の居住地であろう。和銅六年(七一三)五月一一日、これまで布であった相模・武蔵以下東国五ヵ国の調に、あしぎぬ(絹織物)も並進させることとなり、翌年の調が初めて出された(続日本紀)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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