大楊村(読み)おおようむら

日本歴史地名大系 「大楊村」の解説

大楊村
おおようむら

[現在地名]利根村大楊

老神おいがみ村の北、片品かたしな川左岸に位置し大間々おおまま街道が通る。郷帳類には大揚と記されることが多い。「沼田根元記」に赤城明神日光権現の神戦伝説が記されるが、当地名もそれにかかわって同書に登場する。利根郡に属し、寛文郷帳によると田方一八石余・畑方九一石余、沼田藩領。寛文三年(一六六三)の真田領村高書上控では高四九〇石余。貞享二年(一六八五)の旧真田領村高書上控では高一二三石余。宝暦一〇年(一七六〇)の村明細帳(大楊区有文書)によると高は同前、反別三二町九反余(田方五町七反余・畑方二七町一反余)上田の免は九ツ、下々田は三ツ、上畑は七ツ、下々畑は二ツ。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む