大江島庄(読み)おおえしまのしよう

日本歴史地名大系 「大江島庄」の解説

大江島庄
おおえしまのしよう

現網干区大江島(あぼしくおおえしま)一帯に比定される庄園。年月日未詳の某書状(陽明文庫所蔵行親記長暦元年巻裏文書)に「摂政殿御領播磨国坂越・大江嶋御庄」とみえ、坂越(さこし)(現赤穂市)とともに摂関家領であった。年月日未詳の平信範書状案(京都大学所蔵兵範記仁平二年夏巻裏文書)によれば、坂越・大江島庄の下司助廉は前年より現地に住しながら、所課の黄香狩襖二領など恒例臨時の公事をいっさい沙汰しなかった。なお平信範(関白藤原忠通の家司)は当庄預所と思われる。仁平四年(一一五四)に藤氏長者頼長(忠通弟)の口利きにより忠実(頼長の父)から大江島庄預所が藤原教長に給された(「兵範記」同年五月一九日条)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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