大油子村(読み)おゆごむら

日本歴史地名大系 「大油子村」の解説

大油子村
おゆごむら

[現在地名]夜久野町字大油子

夜久野ヶ原の真東に延びる長さ二キロ余りの谷に発達した集落。谷口を南西方向から東流に転じたまき川が流れ、東南山麓高内たかうち村が占める。石高四〇〇石(丹波志)

小字広瀬ひろせには横穴式石室を有する広瀬一号・二号墳、同太田森おだのもりにも一号・二号墳があるが、二号墳は彼岸ひがん塚とよばれる。三〇〇―四〇〇メートルの谷幅を縫って流れる牧川西岸の溶岩台地(玄武岩)の裾に、わずかな平坦地を利用して営まれたものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む