清海(読み)せいかい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「清海」の解説

清海 せいかい

?-1017 平安時代中期の僧。
法相(ほっそう)宗。大和(奈良県)興福寺にまなび,のち同国の超昇寺にうつる。浄土教を信仰し,長徳2年(996)みずから感得した浄土をえがいた「清海曼荼羅(まんだら)」をつくる。これは当麻(たいま)曼荼羅,智光曼荼羅とならぶ浄土三曼荼羅の一つ。寛仁(かんにん)元年10月7日死去。常陸(ひたち)(茨城県)出身

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の清海の言及

【超昇寺】より

…平城天皇の皇子高丘(たかおか)親王(出家して法名を真如(しんによ)という)が,835年(承和2)楊梅(やまもも)宮の跡地をたまわって創建した。10世紀の末,興福寺の清海がこの寺に住み,7日間の大念仏(超昇寺大念仏)を始め,極楽浄土の曼荼羅をえがいた。これを〈清海曼荼羅〉といい,日本の浄土三曼荼羅の一つに数えられている。…

※「清海」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む