大狛郷(読み)おおこまごう

日本歴史地名大系 「大狛郷」の解説

大狛郷
おおこまごう

「和名抄」は高山寺本・刊本とも訓を欠く。

当郷にかかわる地名として「行基年譜」に「高麗里」がみえ、造法華寺金堂所解(天平宝字五年、正倉院文書)に「四百五十文自泉狛村運鋳形料土六十五斛車五両賃両別九十文」とある。また催馬楽には「山城の狛のわたりの瓜つくり」と歌われる。「日本書紀」天武天皇一〇年四月一二日条に大狛造百枝・山背狛烏賊麻呂の名がみえ連の姓が与えられている。「新撰姓氏録」は山城国諸蕃に狛造を載せ「出自高麗国主夫連王也」とする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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