大生瀬村(読み)おおなませむら

日本歴史地名大系 「大生瀬村」の解説

大生瀬村
おおなませむら

[現在地名]大子町大生瀬

久慈川上流東側の高台に位置し、生瀬盆地の西にあり、東は大野おおの村。「水府志料」に「結城氏古文書に、生瀬三村といへるは、大小生瀬村、高柴村大野村の三村なるべき歟」とある。元和七年(一六二一)一二月一八日初代藩主徳川頼房が岡本数馬に与えた黒印状(「田制考証」所収)に「久慈郡大生瀬村之内百拾石五斗余同(池カ)田村之内八拾九石四斗余合弐百石之事今扶助畢、可領地者也」と記され、寛永一二年(一六三五)の水戸領郷高帳先高にも「大生瀬村」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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