大田輪村(読み)おおたわむら

日本歴史地名大系 「大田輪村」の解説

大田輪村
おおたわむら

[現在地名]浅川町大田輪

大多和・大田和・太田輪とも記す。蛇行するやしろ川の北岸に位置し、平坦な地形に恵まれている。集落北側背後の丘陵地には数多くの古墳が散在し、東は滝輪たきわ村、北はそめ村など。永和三年(一三七七)一一月二五日の結城朝治譲状(結城神社文書)に「たか野きた郷内大たは村」とみえ、朝治に実子ができなかった場合、当地などの朝治の所領一円(一部を除く)をひこ夜叉に譲ることが定められている。応永六年(一三九九)八月二八日、稲村いなむら御所(現須賀川市)の足利満貞は「高野北郷内大多和」などを御料所として、結城満朝に預け置いた(「足利満貞預ケ状」安保文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む