大袋新田(読み)おおふくろしんでん

日本歴史地名大系 「大袋新田」の解説

大袋新田
おおふくろしんでん

[現在地名]川越市大袋新田

大袋村の南、赤間あかま川・新河岸川に挟まれた低地および台地上に立地。南東には山城やましろ村・藤倉ふじくら村を隔てて飛地があり、境界は錯綜している。慶長年中(一五九六―一六一五)小田原北条氏の旧臣横山次右衛門によって開発されたといい、慶長一二年・正保四年(一六四七)・元禄七年(一六九四)検地が実施された(風土記稿)。田園簿に村名がみえ、田高三二石余・畑高一七四石余、ほかに野銭永三貫五文、川越藩領。寛文四年(一六六四)の河越領郷村高帳では高三二七石余、反別田七町八反余・畑三七町五反余、ほかに開発分高五〇石余(反別田一町二反余・畑五町八反余)・武蔵野分高四四石余(反別畑一一町六反余)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む