大谷鉱山(読み)おおたにこうざん

最新 地学事典 「大谷鉱山」の解説

おおたにこうざん
大谷鉱山

Otani mine

京都府亀岡市鹿谷にあるタングステン鉱山鉱床は白亜紀後期の花崗閃緑岩体中に産する15条余の含灰重石石英脈で,走向N20°~40°E,傾斜75°~85°NW,幅0.5~1m。両側に幅0.5~1mのグライゼン変質帯を伴い,全体としてNNW-SSE方向に雁行配列。K-Ar年代は鉱脈中の白雲母93Ma,母岩の黒雲母95Ma。鉱脈構成鉱物は,石英・灰重石のほか,白雲母・蛍石・方解石錫石磁硫鉄鉱硫砒鉄鉱黄銅鉱など。タングステン鉱物は灰重石のみで,鉄マンガン重石は産しない。1914年から本格開発,83年閉山までにWO3約3,600t, Cu約1,200t, Sn約700tを産出

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おおやこうざん
大谷鉱山

Oya mine

宮城県気仙沼市本吉町にあった金鉱山。地質は三畳紀の砂岩粘板岩・礫岩層とこれらを貫く白亜紀前期折壁石英閃緑岩。鉱床は石英閃緑岩を運鉱岩とする中熱水性含金石英脈で,粗粒の自然金を産する。鉱脈は一般走向N-S, 傾斜70°~90°Wで本脈群・4号脈群・5号脈群・長盛脈群など。鉱石鉱物エレクトラムの多い富鉱部に硫砒鉄鉱・テルル蒼鉛鉱を伴うほか,黄銅鉱・閃亜鉛鉱黄鉄鉱・磁硫鉄鉱・スカルン鉱物など。古くは砂金地で知られ1910年露頭発見,14~67年の産出粗鉱量約128万t(Au18t, Ag5t)。71年終掘。

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出典 平凡社「最新 地学事典」最新 地学事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「大谷鉱山」の意味・わかりやすい解説

大谷鉱山
おおやこうざん

宮城県北東部、気仙沼市(けせんぬまし)南部の旧本吉町(もとよしちょう)地区にあった鉱山。平安時代末期に金の採掘が行われ、平泉藤原氏の黄金文化を支えたといわれている。鎌倉時代が最盛期で、「本吉金」として全国的に知られたと伝える。江戸時代にも仙台藩の有力な財源であった。一時採掘が中断されたが、明治になり、ふたたび開山し、大正から昭和にかけて活況を呈したが、1976年(昭和51)に閉山した。

[後藤雄二]

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