大鐘村(読み)おおがねむら

日本歴史地名大系 「大鐘村」の解説

大鐘村
おおがねむら

[現在地名]所沢市上山口かみやまぐち

堀口ほりぐち村の南にあり、南は新堀にいほり村。狭山丘陵山口谷の村村の一で、北を柳瀬やなせ川が東へ流れる。村名はこの地より大鐘を掘出したことに由来するという(風土記稿)。小田原衆所領役帳には他国衆山口平六の知行地として「山口内大かね」など四〇貫文がみえる。天正一九年(一五九一)五月三日武蔵孫之丞(秀貞)は徳川氏から「山口之内大鐘村」九五石四斗が宛行われた(記録御用所本古文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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