大門寺村(読み)だいもんじむら

日本歴史地名大系 「大門寺村」の解説

大門寺村
だいもんじむら

[現在地名]茨木市大門寺・山手台(やまてだい)五丁目

桑原(くわのはら)村の北、標高一〇〇メートル前後の山腹に集落があり、その東を安威(あい)川が流れる。仁治二年(一二四一)一一月日付の忍頂寺寺辺村所当米散用状(仁和寺文書)に寺辺(じへん)村の除田として「観音大門一段」がみえるので、当村は忍頂寺五ヶ庄(にんちようじごかのしよう)の中心となった寺辺村に含まれていたとも考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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