天満五丁目(読み)てんまごちようめ

日本歴史地名大系 「天満五丁目」の解説

天満五丁目
てんまごちようめ

[現在地名]北区天満二―三丁目・東天満(ひがしてんま)一丁目

信保(しんぽ)町の西にあり、大川北岸から北へ延びる両側町。明暦元年(一六五五)の大坂三郷町絵図には西五丁目とあり、元禄年間(一六八八―一七〇四)の大坂三郷町絵図には五丁目とみえる。大坂三郷天満組に属し、同一三年の三郷水帳寄帳では屋敷数五八・役数七二役で、うち年寄分・会所分各一役が無役。年寄は医師玄悦。川崎東照(かわさきとうしよう)宮例祭には魚・鳥商の出店があったので俗に魚棚(うおのたな)筋といった(大阪市史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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