天王寺庄村(読み)てんのうじしようむら

日本歴史地名大系 「天王寺庄村」の解説

天王寺庄村
てんのうじしようむら

[現在地名]東淀川区豊里(とよさと)三―七丁目・大桐(だいどう)一丁目・大道南(だいどうみなみ)一丁目・同三丁目、旭区太子橋(たいしばし)一―二丁目

三番(さんば)村の東にあり、村の南東側を淀川が大きく湾曲しつつ西流する。慶長一〇年(一六〇五)の摂津国絵図にみえる市田(平田)・野(の)・高戸(竹ノ間)・能条(のうじよう)の四つの小邑が一つになった村で、いつから天王寺庄村と称するようになったかは不明。寛永―正保期(一六二四―四八)の摂津国高帳は平田(へいだ)村をもって四小村を代表させるが、延宝五年(一六七七)には村名がみえる(「水道之古書写帳」大阪市立博物館蔵)ことから、天王寺庄村を名乗るようになったのはこの間のことと思われる。天王寺庄の名は聖徳太子が四天王寺創建の地を求めてこの辺りを訪れ、のち西大道(にしだいどう)村に三宝(さんぽう)寺という別所を置いたことにちなむと伝えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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