奈良の進駐軍

共同通信ニュース用語解説 「奈良の進駐軍」の解説

奈良の進駐軍

1945年9月に米第6軍の一部が駐留を始めたとされる。旧日本軍の第38連隊跡地など奈良市内各地にキャンプ地が設けられ、現天理市の大和海軍航空隊などの軍事施設も接収された。第6軍はその後、第25歩兵師団が属する第8軍と交代。「奈良教育大学史―百年の歩み―」によると、米軍施設は壁面黒字ナンバーが記され、基礎などが赤茶色のベンガラ塗り、壁は白とあり、写真の特徴と一致する。サンフランシスコ講和条約の締結後、接収は徐々に解除され、全面解除は58年2月だった。

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