奈良津新田(読み)ならづしんでん

日本歴史地名大系 「奈良津新田」の解説

奈良津新田
ならづしんでん

[現在地名]笠松奈良町ならちよう

笠松村に四周を囲まれて所在。美濃郡代引継演説書(県立歴史資料館蔵)に「奈良津新田之儀は、尾張殿領分円城寺村ニ罷在候川並方野々垣源兵衛壱人持之新田ニ候処、手遠ニて小作等之世話難行届、天明年中徳田村百姓逸作かた之譲請、笠松・徳田新田両村百姓共小作いたし来候所、無民家ニては耕作不行届由ニて、出百姓之儀、先前御支配之願出聞済相来、追々入百姓いたし候」とある。野々垣源兵衛は文禄三年(一五九四)前渡まえど(現各務原市)から徳田とくだまでの野方豊臣秀吉から預置かれており(野々垣文書)、当地もこの野方に含まれていたのであろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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