奥中村(読み)おくなかむら

日本歴史地名大系 「奥中村」の解説

奥中村
おくなかむら

[現在地名]中町奥中

茂利しげり村の北、杉原すぎはら川中流域西岸に位置する。慶長国絵図に「奥部村」と記載される。正保郷帳では田方三六二石余・畑方二三石余、山役があり、幕府領。旧高旧領取調帳でも同領。天保郷帳では高三九一石余。明治四年(一八七一)の戸数七一(「村々高并戸数控帳」宮崎家文書)。高野山真言宗観音寺は神亀二年(七二五)行基の開基と伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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