妻田村(読み)つまだむら

日本歴史地名大系 「妻田村」の解説

妻田村
つまだむら

[現在地名]厚木市妻田・吾妻あづま

東は中津なかつ川、西から南に小鮎こあゆ川が流れ、北は三田さんだ村。甲州道が村の中央を通じている。至徳三年(一三八六)六月一五日官宣旨(県史三)に「当国(愛甲郡毛利庄)妻田」、文安五年(一四四八)一一月一三日室町幕府管領細川勝元奉書写(同書)に「毛利庄内妻田・荻野両郷」とある。小田原衆所領役帳に狩野介「弐百貫文 中郡妻田郷」とある。

近世は、当初幕府・旗本領の相給が元和―寛永期(一六一五―四四)に五給にまで増え、元禄期(一六八八―一七〇四)から藩領・幕府直轄領と替わるが、享保一五年(一七三〇)以後は大久保教寛(のち荻野山中藩)と旗本大久保教平の二給。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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