日本歴史地名大系 「子位庄」の解説 子位庄こいのしよう 岡山県:倉敷市旧都窪郡地区子位庄近世の子位庄村・小子位(こごい)村を遺称地とし、高梁(たかはし)川左岸の祐安(すけやす)・西岡(にしおか)・浜(はま)町一帯に推定される。鎌倉末には東(ひがし)庄・西(にし)庄が分立する。承久二年(一二二〇)とされる八月二五日の藤原秀康書状(民経記紙背)に京都蓮華王(れんげおう)院領の「備中国子位□(庄カ)」がみえる。「吉記」正安三年(一三〇一)一一月六日条に根本山門領として子位東庄が記され、同八日の後宇多上皇院宣(華頂要略)で京都青蓮(しようれん)院に安堵されている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by