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安冨祖正元 あふそ・せいげん

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朝日日本歴史人物事典の解説

安冨祖正元

没年:尚泰18.1.26(1865.2.21)
生年:尚穆34.2.15(1785.3.25)
18~19世紀の沖縄古典音楽の演奏家で,安冨祖流の祖。唐名伊丕顕。知念績高に長年学び,知念の「工工四」をまとめて伝えるなど,知念の実質的後継者である。しかし,一面的な継承にとどまらず,「思い入れ」を強調した知念の風に対し,屋嘉比の風への回帰も唱えるなど,当流の統合的継承をめざした学究的な芸術家であったといえよう。尚育11(1845)年に著した『歌道要法』は沖縄音楽に関する優れた芸論である。<参考文献>池宮正治『近世沖縄の肖像』

(金城厚)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

安冨祖正元
あふそせいげん
(1785―1865)

琉球(りゅうきゅう)三味線音楽の一流派「安冨祖流」の祖。首里汀志良次(てしらじ)(現那覇市)に生まれ、父の家統を継いで国頭久志間切嘉陽(くにがみくしまぎりかよう)村の地頭職になったが、後年恩納間切(おんなまぎり)安冨祖村の地頭に転じたので姓も安冨祖に改められた。この流派も最初は嘉陽風といわれたという。琉球古典音楽「当流」の継承者で中興の祖といわれる知念積高(ちねんせっこう)に20年間師事し、当流の開祖屋嘉比朝寄(やかびちょうき)や師がつくりあげた細緻(さいち)精巧の洗練を第一に心がけた。1845年(弘化2)に奏楽心得と楽理を記述した音楽書『歌道要法』をまとめた。兄弟弟子に20歳年下の野村安趙(あんちょう)がおり、のち野村流と安冨祖流が二大流派として当流を継承し、今日に至っている。[當間一郎]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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