安堂寺町二丁目下半(読み)あんどうじまちにちようめしもはん

日本歴史地名大系 「安堂寺町二丁目下半」の解説

安堂寺町二丁目下半
あんどうじまちにちようめしもはん

[現在地名]南区南船場みなみせんば一―二丁目

安堂寺町二丁目上半の西にあり、八百屋町やおやまち筋から一町のところを南北さかい筋が通った。町名は明暦元年(一六五五)から確認される(南区志)。もとは安堂寺町下二丁目とよんだと思われる(初発言上候帳面写)。大坂三郷南組に属し、元禄一三年(一七〇〇)三郷水帳寄帳では屋敷数二八・役数三二役で、うち年寄分一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む