コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

安田雷洲 やすだ らいしゅう

2件 の用語解説(安田雷洲の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

安田雷洲 やすだ-らいしゅう

?-? 江戸時代後期の画家。
江戸の四谷大木戸にすんだ幕府の与力。葛飾(かつしか)北斎にまなんだといわれる。文化11-安政5年(1814-58)に洋風画や銅版画,読み本の挿絵をおおくかいた。名は尚義。字(あざな)は信甫。通称は茂平。別号に文華軒,馬城。作品に銅版画「東海道五十三駅図」,肉筆画「江之島図」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

安田雷洲

生年:生没年不詳
江戸後期の洋風画家。江戸の四谷大木戸に住んだ幕府の与力。名は尚義,字は信甫,通称定吉のち茂平。文華軒,馬城とも号した。オランダの画家ルカス・ヴァン・ライデンにあやかりWillem van Leidenとも称した。北斎の門人あるいは亜欧堂田善の門人などと推定されているが師系は定かでない。文化11(1814)年から安政5(1858)年にかけて,読本・人情本の挿絵,銅版画,肉筆洋風画を制作した。銅版画では「東都勝景真図」(1821)のシリーズ15点,「東海道五十三駅図」(1844頃),肉筆画では「赤穂義士復讎図」,「江之島図」(1856),「富士箱根遠望図」(1858)が特に知られている。

(浅野秀剛)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の安田雷洲の言及

【銅版画】より


[日本における銅版画]
 日本には16世紀末にイエズス会によって彫刻銅版画(エングレービング)が導入されたが,17世紀初めにキリシタン弾圧によって断絶した。18世紀後半に司馬江漢がエッチングを再興し,亜欧堂田善,安田雷洲ら注目すべき作家を生んだ。開国後イタリアから招聘したキヨソーネが再びエングレービングを教え,腐食法とともに実用的な挿図,地図などに用いられた。…

【洋風画】より

…したがって,彼らにとって西洋原画の模写はおもに画法習得のためであり,第1期の洋風画家のように目的そのものではなかった。西洋画研究の材料となった図書や版画は長崎を通じて輸入されたが,第2期洋風画の主流はむしろ新興文化の中心である江戸にあり,この地には18世紀後半以後,秋田蘭画の小田野直武,佐竹曙山(義敦),また司馬江漢,亜欧堂田善,そして安田雷洲らの洋風画家があいついで登場した。秋田蘭画は和洋折衷の作風を示し,油絵や銅版画を作らなかったが,司馬江漢以後の人々はこれらの新技術を駆使して,多くの洋風画を制作した。…

※「安田雷洲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

安田雷洲の関連キーワード司馬江南高島雲溟渡辺松臺山田竜谷小田野直武玉川上水洋風画江戸払四谷玉川清右衛門

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

安田雷洲の関連情報