安祥寺上寺跡(読み)あんしようじかみのてらあと

日本歴史地名大系 「安祥寺上寺跡」の解説

安祥寺上寺跡
あんしようじかみのてらあと

[現在地名]山科区安朱毘沙門堂町

京都市山科区の安祥寺の北一キロ、安祥寺山の中腹観音かんのん平と称する懸崖上にあった寺。礼仏堂の基壇跡が残る。仁明天皇女御藤原順子によって平安初期に建立された安祥寺の上寺。貞観一三年(八七一)の安祥寺伽藍縁起資財帳案(東寺文書)によると、礼仏堂・五大堂を中心に、二つの僧房と四つの庫頭と浴堂があったが、南北朝期には廃絶したらしい。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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