安養寺新村(読み)あんようじしんむら

日本歴史地名大系 「安養寺新村」の解説

安養寺新村
あんようじしんむら

[現在地名]小矢部市安養寺新・安養寺・平桜ひらざくら杉谷内すんないち末友すえとも臼谷うすたに

下次郎島しもじろじま村の南、小矢部川中流左岸に広がる蟹谷かんだ丘陵北端に位置。天和三年(一六八三)に成立(出来新村・退転村記申帳)。村名はもと安養寺と称した地を新開して村立てしたことに由来するという(「礪波郡村名由来」加越能文庫)小原おはら道が東西に抜ける。天和三年・元禄元年(一六八八)の畑直高一六〇石余・免四ツ八歩、天和三年・貞享二年(一六八五)の新開高三四〇石余・免三ツ六歩(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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