宗村秀子(読み)ムネムラ ヒデコ

20世紀日本人名事典 「宗村秀子」の解説

宗村 秀子
ムネムラ ヒデコ

昭和期の美術商 むね工芸社長



生年
明治44(1911)年

没年
昭和61(1986)年10月15日

出生地
東京府

経歴
戦後、昭和29年から銀座に美術工芸専門店・むね工芸を開き、銀座の名物女社長として知られた。多くの陶芸家たちに個展会場として店を開放するなどさまざまな支援をする一方藤本能道(東京芸大学長)、田村耕一(同大名誉教授)の二人の人間国宝をはじめ著名な工芸作家をも側面から支えた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宗村秀子」の解説

宗村秀子 むねむら-ひでこ

1911-1986 昭和時代後期の実業家
明治44年生まれ。昭和29年東京銀座に美術工芸専門店むね工芸をひらき社長となる。個展会場としておおくの陶芸家に店を提供し支援した。藤本能道(よしみち),田村耕一の後援者としても知られる。昭和61年10月15日死去。75歳。東京出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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