定の山古墳(読み)じようのやまこふん

日本歴史地名大系 「定の山古墳」の解説

定の山古墳
じようのやまこふん

[現在地名]堺市百舌鳥梅町一丁

百舌鳥もず神社の東方、標高二三メートル余の中位段丘上にある主軸東西に置く前方後円墳(帆立貝式)。全長七四メートル、後円部径五三メートル・高さ七メートル、周濠幅一三メートル。昭和四三年(一九六八)前方部と後円部の基底一部が削平されたが、この時、前方部の上部平坦地に円筒埴輪列が存在したこと、後円部東斜面に排水施設と推定される小河原石の石組がそれぞれ存在することが確認された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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