定光村
じようこうむら
[現在地名]美浦村定光
本橋村の西に位置する小村。平地にあって村域は本橋村・木村と錯綜する。中世は信太庄に属し、江戸時代は旗本領で、元禄郷帳の村高は七五石余。幕末は旗本安部氏が支配した(各村旧高簿)。明治九年(一八七六)四月の常陸国信太郡定光村地引簿(飯塚清一氏蔵)によれば、田反別は四町八反二〇畝歩(うち畑二畝一六歩、ほかに二五歩は草地)、畑反別七町九反五畝二六歩(うち田一反一畝一二歩)、宅地反別八反七畝二九歩、木立反別四反八畝一八歩、墓地三畝一四歩、堤反別五畝三歩、溝反別六畝二二歩、掲示場四歩、草地二四歩。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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