定塚町(読み)じようづかまち

日本歴史地名大系 「定塚町」の解説

定塚町
じようづかまち

[現在地名]高岡市定塚町・古城(こじよう)・大手町(おおてまち)・高陵町(こうりようまち)・東下関(ひがししもぜき)・中川町(なかがわまち)

坂下(さかした)町の東に続き、北は高岡古城と中川村、南は下関村。北陸街道に沿い、高岡町の入口にあたり、北東端には貴人を送迎する蹲踞場があった(高岡市史)。天保元年(一八三〇)町端に大木戸が新設された(高岡市史)。本町。寛永五年(一六二八)から六年に、高岡町を通る北陸街道の東半分が付替えられ、坂下町から古城の大手前を経て、大野(おおの)村に抜けることになり、大手前の濠や塁を隠すため、古城の北東にあった定塚町の一部を南方の下関村領に移転させた。両者を区別するため、もとの所を古定塚(ふるじようづか)町、新しくできた所を定塚新(じようづかあら)町といったが、しだいに後者が定塚町といわれるようになった(高岡史料)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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